終戦直後の時代背景からスタートした『名代富士そば』会長である丹道夫氏の生き様は、まさに艱難辛苦の連続です。
何度も転職を続けた末に、ようやく不動産開発の経営で大成功を収め、莫大な収入をつかみます!
でもなぜ、大成功を収めながらも、そば屋へ転身してしまったのでしょうか。
そこには、凡人には到底マネが出来ない丹社長の鋭い先見の明・経営手腕が潜んでいたのです。
苦難の連続から大成功へ
丹道夫氏は、4度にわたる上京でその度に挫折を味わって故郷へ戻っています。運転手、女性下着の卸、青果店の丁稚奉公(でっちぼうこう)、土砂の運搬、ガソリン配達。
どれも長続きする事はなかった丹氏ですが、一大決心のもと不動産開発の経営に乗り出します。
これが当時の田中角栄内閣がぶち上げた「日本列島改造論」の時流に見事に合致して、大成功!
1960年代、ときは高度経済成長期の真っ只中で、全盛期は社員1,200人、月商30億円、7億円もの利益をはじき出したそうです。
今から40年前の時代に、利益が7億円!
現在に換算するならば、月商や利益にゼロをひとつふたつ加えた金額で見ると、その凄まじい急成長ぶりがイメージ出来ます!
そして当時、給料袋の中身は、100万円の束が3つ!
何と、給料袋に厚みがあるため袋が立った!そうです(笑)。
夏や冬のボーナスじゃなくて、【毎月の給料が】ですよ。
月給が300万円!
今から50年も前に!
あまりにも凄すぎて、まさに異次元(笑)。
月給300万から一杯40円のそば屋を引き受ける
しかし、誰もがこう思うはずです。「なぜそれを(不動産開発業)続けなかったのか」
「なんでやめたの?」
しかし、それこそが丹氏の先見の明の鋭さ。
「こんな甘い状況が続くはずがない」
そう見込んだ丹氏は、不動産経営の傍ら(かたわら)小さな立ち食いそば屋4店舗を立ち上げます。
万が一にも経営が傾いた場合に備えて、このそば屋でも食べていけるように「予防線を張った」わけです。
そして、不動産会社を辞める時に、退職金と一緒にもらったのが、このそば屋だったのです。
当時のそば一杯の値段、わずか40円。
毎月300万円の給料からすれば、そんなもの(立ち食いそば屋)で大きく儲かるとも思えず、そば屋など誰もいらない。ならば自分が引き取ろう、となったそうです。
丹道夫氏が語る創業秘話の動画です↓
超ホワイトな人材優遇
今では首都圏を中心として130店舗以上海外○店舗を展開するまでに成長した富士そばですが、その労働環境が極めてホワイトである事でも大変に有名です。特にブラックの代名詞のような飲食業界にあって、圧倒的な人材優遇制度を実現している様は圧巻とも言える偉業です。
今の時代、ブラック企業と言う表現が珍しくない風潮になってしまい、民間の中小零細は言うに及ばず、公務員や教職員のブラックな労働実態はマスコミが報じている通りです。
そんな中にあって、富士そば従業員の優遇ぶりは驚異的です。
例えば、パート職員はこうです。
- 時給1,100円以上で休憩時間も時給付加
- ボーナス年2回有り
- 有給休暇有り
- 退職金も有り
これだけ見ても、いかに一般的な労働環境とは真逆なホワイトぶりなのか分かりますね。
社員には、1,000万円を超える報奨金を準備したり、はたまた海外旅行のチャンスまであります。
凄くないですか。
私も入りたいくらいです(笑)。
いや、本当に!
富士そば会長の名言が心にしみる
やっぱり、苦労知らずは人の痛みを知らないからダメ。それは話したら分かります。
社員こそ内部留保(企業の蓄え・財産)なのね。企業は人なり。いい社員がいなければ、会社なんて伸びない。僕はそう思うなあ
間違いなく言える事は、丹道夫氏の経営の根幹は「人がすべて」を理念の根幹として事業マネジメントを進めていることです。
利益追求が第一義ではなく、あくまでも「まず従業員ありき」。
人材を大切にしながら「利益が出たら従業員とその家族に還元する」システムを構築、さらにヤル気が出てくる環境作りを決して怠らない。
これが丹氏一流の経営哲学だと感じます。
人はバカじゃない
人は馬鹿じゃない、計算するよ。
休みもなくて金もくれなきゃ働かない。
ブラック企業と言われるような経営なんて、僕には考えられないよ
僕は今でも思うんだけど、精神的な圧迫が人間には一番悪い。
以前、僕が勤めたガソリンスタンドだってそうでしょう?
給料が安いからごまかすし、働かない。
皆(従業員は)計算するのよ。
給料が安過ぎたら、(従業員が)たとえ力を持っていても、100%の力を出さないよ。
「従業員第一主義」
丹社長の理念には、「従業員第一主義」が確固たる信念の元にあります。社員とアルバイトを同列に捉えて、ヤル気が起きるような給与体系を構築したのも、丹社長の志が成せる技なのです。
人に任せるのって難しいですけれど、任されたらそれなりに働かなければならないじゃないですか。
任されたら頑張るしかないし、任せなければそれ以上のことは出来ない。
僕は威張るのは嫌いなの。
苦労したからと言うのもあるけれど、性格だね。
それが運だと思うしね。
僕は人を使うのが下手だし、うるさく言われると人は付いてこない事を知っています。
24時間営業の先駆者
今では当たり前のように24時間営業のコンビニが全国に点在していますが、実は24時間営業を大手コンビニよりも早く導入したのが富士そばなのです。急成長を果たしたコンビニも、今では人材確保が厳しい状況を余儀なくされ、さらには深夜営業を拒否するオーナーが出てくるなど様々な問題が露呈していますね。
片や富士そばでは、そのような内部問題などどこ吹く風のごとく順風満帆、正月4日間以外はオール24時間体制で営業しています。
商売に必要なのは強い身体と強い心、それと強い運ですよ。
運ちゅうのはね、情報なんだよ。
威張っていたら、肝心の情報が入って来ないんです。
だから「威張っちゃいけん」て思っています。
海外進出のきっかけとなったエピソードを、丹会長はこう回想しています。
その従業員は、ある日こんな電話をかけてきたそうです。
「このままそば振りを続けて丼に入れて、この先は一体どうなるのですか?」
しかし、会長へ直接電話をしてきた従業員も勇気がありますね。なかなか出来る事ではありません。
大抵の場合、グダグダ愚痴を撒き散らしてオシマイですから(過去の私もその一人)。
僕が店回りに行っても知らん顔をしている従業員、たくさんいます。
そんな人達は、自分の人生観を持っているんだろうから別に構わない。
お客さんにきちんと気を使っていれば、それでいいんです。
大企業にせよ中小にしろ、会長職にあってこんな太っ腹な人っていますか?
丹会長、懐(ふところ)が大きいと言うか、器(うつわ)が大きい!
成功の秘訣は何?
成功の秘訣ですか?
ひとつ言えるのは、あきらめなかった事。
【あきらめない】
成功者と言われる人々誰もが同じ事を言っていますが、苦労人の丹さんは重みが全然違うように感じます。
散々使い古されたような、この言葉。
さてあなたは、どう感じましたか?
根性論など皆無/風通しが良い社風
いくつか丹会長の名言をピックアップしてきました。ざっくり言うならば、
「もっと動け!」
「もっと頑張れ!」
「もっと考えろ!」
「まだ出来る!」
みたいな根性論が、丹会長の場合何も見えないところが素晴らしい。
もちろん根性論がダメなのではなく、それが自発的に出てくれば自ずと(おのずと)結果が見えてくると言う事です。
40年にわたる丹会長の辛苦の成せる技ではあるものの、私たちもその思考や考え方を共有する価値は大いにあります。
ちなみに、富士そば全ての店内BGMは演歌。
若くして苦労の連続に喘いで(あえいで)きた丹氏にとって、演歌を聞く事で傷心が癒された経緯によるものだそうです。
氏は『丹まさと』の通名で、演歌作詞家としても精力的に活躍されています。
丹道夫氏、まさに二刀流ですね。
この会長の若手バージョンみたいな辣腕!女性経営者を、こちらで紹介しています。
これがまた、すこぶる斬新でユニークなんです!
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