帰りに立ち寄ったドラッグストアで
明日の朝飯用に牛乳を買った。
陳列棚の牛乳の横に
100円ちょっとで牛乳もどきのパックが並んでいる。
観ると加工乳と表記してあるが、これは「脱脂粉乳」の類いだろう。
脱脂粉乳
実に懐かしい響きがする。
懐かしすぎて思わず買ってしまった
脱脂粉乳。遠い昔、小学生低学年の頃、
ぷーーんと臭う不味い牛乳もどきの飲み物を毎日飲まされていた。
あれだ。
脱脂粉乳とは読んで字の如く、
牛乳から脂肪分を取り除いた後の飲み物。
脂肪分は取り除いても、たんぱく質やカルシウムはもちろんそのままだから
栄養価はしっかり残っている。
懐かしいじゃないか!
迷わず買い物かごに投入、ついでに食パンも入れてレジに向かいながら、
「さあハビングする場面だ」
「落ち着いて唱えよう」
「自分は今お金があるんだ」
加工乳110円、食パン110円両方2割引!
しめて220円だ。
落ち着いてHavingしつつ、電子マネーで購入した。
うーーん、やっぱ○○ペイ支払いは
支払いした感覚が薄い。
ハビングフレーズをしっかり唱えても
どうもイマイチなんだよなあ。。
まあいい、深く考えるのはやめよう。
とにかく自分はいまこの瞬間お金があるんだ。
スキムミルクをおやつ代わりに舐めた
本当に懐かしい。粉末状の白い粉は、舐めるとほんのり甘くて旨い。
今でもスーパーなどのコーヒーフレッシュ売り場を見れば
ちゃんと「スキムミルク」の商品名で売っている。
幼稚園でまだ小さな頃、
スキムミルクを飲むと背が伸びると母親に言われ、
しきりと水道水で溶かして砂糖と混ぜて飲んでいた。
それが脱脂粉乳とは知らずに。
しかも栄養満点だと言われながら。
よく調べてみると、
脱脂粉乳の歴史は太平洋戦争で日本がアメリカに負けて
食糧援助を受け始めた頃にさかのぼる。
当時の脱脂粉乳は家畜用のエサで、
しかも賞味期限が切れた残飯以下のシロモノを日本人に与えていたらしい。
哀れな話しだ。
いくら無償援助とはいえ酷すぎる。
日本国民は家畜か?!
話しはそれで終わらず、
無償援助が終わると今度は
日米政府同士の交渉事になり、そこでも引き続き脱脂粉乳は輸入される運びとなる。
臭くて不味かった脱脂粉乳の給食
小学生のお昼の給食でなんでこんなに臭う飲み物を与えられるのかと
渋々鼻をつまみながらノドに流し込んだ記憶が鮮明に残っている。
本当に不味かった!
でもスキムミルクは別物だった。
それが脱脂粉乳の粉末だなんて何も知らずに、
指先にツバを付けてペロペロなめていた素朴な小学生。
「美味いなあ」
なんか貧乏臭い。
いや、実際我が家はだいぶ貧乏だった。
と言うより、周りの友達もだいたいそんなものだった。
でも、今よりもずーーーと毎日が楽しかったように感じる。
ライスカレーは月一度のぜいたく
晩ご飯はたいてい、畑で獲れた野菜で作る煮物。来る日も来る日も煮物、煮物。。
あーーーまたこれ。。
何も嬉しくなかった。
晩ご飯を流し込むだけの日々。
今思えば、なんという親不孝ものか。泣
月に一度だけ食卓に登場するライスカレー。
カレーライスなどと言う、しゃれた食べ物ではない。
昭和の食卓は、あくまでも「ライスカレー」なのだ。
クミンだのコリアンダーだのおしゃれな香辛料など有る訳もなく、
こうすれば美味くなるレシピなどあるはずもなく、
カレーと言えばアレだ。
近所の食品店の陳列棚にハウスバーモンドカレーの箱
燦然と黄金の輝きを放っていた!
腹いっぱいカレーが食べたいなあ
指をくわえながら、しょっちゅうバーモンドカレーの箱を眺めた。
カレーには、そんな昭和の香りが思いっきりてんこ盛りに詰まっている。
わざわざ隣りに自慢したカレー
ライスカレーは当時、完璧にフルコースディナー級のごちそうだ。カレーの臭いがうちに立ち込めると、こころが踊った!
やった!今日はごちそうだ!
うれしくて仕方がなくて、わざわざ両隣りの友だちに自慢した。笑
なんて嫌らしい性格だろう。笑
待ってましたの食卓。
ニコニコしながら元気いっぱいカレーを頬張ったのを思い出す。
食べ終わった食器は、もちろん隅々までペロペロ舐めた。
当然だ、黄金色に輝くカレーを残すなど
食べ物の神様に怒られる。