何しろ、ITビジネス界の超大物・孫正義氏が若干20歳代前半の時実際これを使って1億円を手中にした超画期的な発想法ですから。
どのような分野であれ、ビジネスを進めるうえで斬新な発想は不可欠です。
ただ、いかにして奇抜なアイデアを生み出すか、その方法は決して簡単ではありません。
脳が溶けるまで考えなさい、有りえないレベルまで徹底的に考え尽くせ等々。。
少し変わった方法では、寝る前に潜在意識にお願いすれば翌朝閃く(ひらめく)、みたいなユニークなものもありますが。。
残念ながら、私はこれで閃いたことは未だありません。笑
大きな危機感から渡米を決意
孫正義氏は高校に入学した後、このままではいけないと一念発起、”アメリカで一流のビジネスを勉強する必要がある”と思い至ります。それも今すぐに!しかし当時の孫氏の家計はまさに火の車、そのうえ父親は内臓疾患で入院中であり、渡米に必要な資金などどこにもありません。
案の定、彼は家族親戚からの猛反対を食らいます。
しかしここは孫氏持ち前の根気と粘りの本領発揮、今すぐでなければいけない旨を懇々と説得します。
そんな中、身内の中でただ一人正義氏を後押ししたのは、父親でした。
「正義には才能がある。今ここで才能の芽をつぶしてはいけない、行かせてやれ」そう背中を押してくれたそうです。
孫氏の父親もまた、息子正義の才能を早くから見抜き、鋭い見識眼を持っていたのです。
発明で大金を得ると決めた
さて、アメリカへ渡った正義氏は、猛勉強の末に飛び級システムを使って17歳で高校卒業を取得。19歳には、名門カリフォルニア大学バークレイ校入学を果たします。
遠く離れた実家の極貧を知る彼は、一日も早くお金を稼いで、家族を楽にしてあげなければと、鉄の意志の元に猛勉強を続けます。
睡眠以外の時間は、食事や風呂の時間でさえ教科書を開いていたそうです。
下記は、「豚と一緒に住んだほど極貧だった」という生い立ちを語る動画です↓
≪孫正義の名言に見る『愛情あふれる清らかな善意』≫
そしてとある日、画期的発明をすれば『ロイヤリティでお金を得る』事が出来る事を閃きます。
ここが凡人とは一線を画するところで、普通ならバイトを3つほど掛け持ちして馬車馬のように働いて稼ぐ、勉強が疎かになりそうだがそこは意思の力でカバーする、みたいなイメージを持つと思います。
ここが一般人(もちろん私もです)と違う、彼一流の閃きなんですね。
さすが脱帽です。
【1億円を生み出した超画期的発想法】
勉強する時間を極力削りたくない孫氏は、『一日のうち15分だけ発明のアイデアを練る時間』に当て、『一日一個は必ず発明する』と決めます。それを実現させるため、さらにスケジュールを綿密に練ります。
15分を5分づつ三分割するのです。
- 最初は【問題解決型発想法】
- 次に【逆転発想型発想法】
- そして【複合連結型発想法】
では、個別に見て行きましょう。
-
- 【問題解決型発想法】
それを、逐一メモするようにします。
それを毎日眺めることで、その内いつの間にか知識として脳内にインプットされた情報によって問題が解決する場合があります。
『毎日、疑問をメモる』単純で簡単な行動ですが、ほとんどの人はしようとしません。
-
- 【逆転発想型発想法】
まず、物の単語を単語帳にびっしり書いておきます。
それを毎日ランダムに眺めて、その逆が何かを発想します。
例えば洗濯機ならば、洗う、白い、重い、乾燥する、などが思い浮かびますね。
その逆は、汚す、黒い、軽い、濡らす、などと考える、
そして、これらからイメージ出来る奇想天外な発想がどうなるのか、と徹底的に思考するのです。
-
- 【複合連結型発想法】
二つ単語帳を使って、それぞれをランダムに開きます。
それぞれの単語を繋ぎ合わせて「これだ!」と腑に落ちるまで開き続けるのです。
たとえば、『電子レンジ』『自動車』と出たら、『電子レンジ搭載自動車』みたいな感じです。
①②の発想法ではイメージが出なくても、大抵③の方法でアイデアが浮かんだと言います。
常識を打ち破る発想法で起業資金を得る
③の【複合連結型発想法】は、常識的には有りえない組み合わせを敢えて考える事が大きなポイントです。これにより、既成概念を木っ端微塵に打ち破るほどの斬新な発想が生まれる可能性を産んでくれます。
普段生活していると、人は無意識に常識に沿った考え方・行動をするものです。
当然ながらビジネスでは、その先入観や従来の殻を破る思考が常に求められるわけです。
翻訳機の発明が一大転機に
この複合連結型発想法から後に、彼の人生を大きく決定付けた音声装置付き多国語約翻訳機の発明が生まれたのですね。大学在学中に翻訳機の原型試作機を開発した孫氏は、その後シャープ社長に直談判し、何と1億円で商談成立させます。
そして、翻訳機の開発段階で協力を得たバークレイ校教授やアメリカ航空宇宙局の有能な科学者らに報酬を支払い、残った資金は帰国後の起業資金(ソフトバンクの前身となる会社)に充当したのです。
まさに有限実行を絵に描いたような、まことにドラマ性溢れる不屈の孫正義氏らしい実話です。
世界のIT業界にその名を馳せる孫正義氏の根本は、毎日の地道な思考の積み重ねにあったのですね。
孫正義氏は、『ひとつのビジネスプランを練る場合、3000個のアイデアを出せ』と部下に指示する事は有名です。
そんな孫氏流ビジネスプランの原型は、この三つの発想法にあったのですね。